キヨトマモル氏が試作したMMカートリッジが面白いことになっている。事の始まりは「stereo」2020年2月号掲載「俺流スピーカー! 邪道を往く」の企画の中で、キヨト氏がヴィンテージジョインオリジナルのMMカートリッジを持ち寄ったことだった。その空気感と細かい音に圧倒された一同だったが、その詳細を探るべくオーディオライター田中伊佐資氏がインタビューを試みた。
※この記事は、「stereo」2020年3月号に掲載された記事の中で、誌面では文字数の都合でやむなくカットした部分も含む完全版です。
登場人物
キヨトマモル(以下、キヨト) ドイツのヴィンテージオーディオを中心にしたシンプルオーディオのお店「VintageJoin」店長。stereo誌で「クラフト・ヴィンテージ」を好評連載中。MUSIC BIRD で「オーディオ・ケセラセラ」も放送中。
田中伊佐資 (以下、田中) オーディオライター。stereo誌で「ヴィニジャン~アナログの壺」を好評連載中。 近著に『ジャズと喫茶とオーディオ』(音楽之友社)、『音の見える部屋 オーディオと在る人』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、など多数。
ヨシノ stereo誌編集長。
なぜ今、MMカートリッジなのか
田中 どうしてカートリッジをやろうと思ったの?
キヨト 本来、カートリッジをやるってのは大変なんですよ。だけど、SHUREがカートリッジを作るのをやめてしまって、手ごろで安心できるカートリッジが減ってしまった。純正の替え針も作っていないわけだから、これからどんどん値が上がってゆく。今のSHURE M44の値段が新品で、Amazonなんかでもけっこうな金額しちゃうでしょ。替え針だけでオリジナルの新品ならそれなりの金額になるよね。そうなってくると、自分のお客さんにもお勧めできるものがなくなっちゃうわけですよ。お勧めできるカートリッジがないなら作ってみようと思ってこちらがやりたいやり方で試しに作って聴いてみたら、けっこういい形になってね。それでオントモと工場に話を持っていったところ、協力してくれることになって商品化の目途が立ちました。なにより、このカートリッジは日本製というのが大きな特徴ですよね。
田中 それにMMというのが大きいよね。
ヨシノ MMの新商品が出せるというのが驚きですよ。MCは手巻きでできるけど。
キヨト MMって型代に一千万以上かかるから、大きいところじゃないと作れない。だからMMの新製品ってほとんどないと思う。ウチのはOEM生産してもらったものに更に手を加えて独自にチューニングしてやってるんだけど、それでも新製品ってあまりないんじゃないかな。そういった意味では面白いし、音色もこわだりがある。
田中 針圧が変わらないわけだから交換もラクですよね。2種類持ってれば「このレコードにはこれだな」ってすぐ替えられますしね。ラックの後ろにまわってケーブル替えるより楽ですよ。しかも、さらに針交換していろいろ楽しめるわけですよね。
キヨト MMの良さってそういうところにありますよね。針を替えられるということでモノ針、SP針、針先も日本製やスイス製とか、世界中の替え針があるんでひとつのカートリッジで楽しめるというのもMMの大きな要素なんだと思います。
田中 MCが高級で、その下がMMみたいに思っている人もいますけど、鳴らし方次第ですからね。変に思いこんでる人も多いんじゃないですか?
キヨト それはね、60年代~70年代はじめのオーディオ誌を見てると分かるけど、MCを使ってる人が少ないし、当時のオーデュオ評論家たちもMCを使ってる人は居ないんですよ。だからもともとオーディオ誌がMCを「高級な、いい音なんだ」と宣伝してきたということなんですね。だから本来、MMの方が圧倒的に主流ですし、世界を見てもMMを使っている人の方が確実に多いですね。
田中 そもそも、小さな音で取り出して何かの力で大きくするより、始めから大きな音の方がいいじゃない。なんかMCの方が繊細で情報量が多いってよく言うけど、そんなことないでしょ?(笑)
キヨト ないですよね。(笑) MMの方がキャパありますよ。MCの方が狭いから盤を選ぶ。MMはいろんな盤をかけても鳴ってくれるキャパがありますよね。
田中 編集長、「MMの逆襲」特集やるかい?(笑)
ヨシノ (笑)
キヨト そう言ってる自分も、10年くらい前まではMC派で、MMは眼中になかったけどね。(笑) でも、MCとサブ機でMMを聴き比べてみると、なんかMMの方が鳴るんだよね。でもMCの方にお金をかけてアクセサリにもこだわっていたので、認めたくない自分もいた。でもMMの方が気持ちよく鳴ってることに気づいてね。
田中 その「気持ちいい」ってのは大事だよね。
臨場感の「ソリッド」、響きの「アコースティック」
田中 今回の「ソリッド」と「アコースティック」、2種類を作ろうと思ったのは?
キヨト 「ソリッド」はカチっとしたちょっと固い音、「アコースティック」は空気感が出てくるような音の出方を意識して作りました。試作を8種類ほど作って、その中からこの2種に絞っています。
田中 1個持ってるともう片方を知りたくなって、結局2個ほしくなるんだよね。
キヨト そうなってもらえると嬉しいですよね。変な言い方だけど、オールマイティーってつまんないと思う。もちろんひとつでオールマイティーもいいんだと思うんですけど、いろんなアーティストがいろんなレコードを出しているわけだし、うちのお客さんの好みでもアコースティック系の音が好きな人とエレクトリックの音が好きな人、アコギをやっている人とエレキをやっている人とでは音の聴き方が全然違うんで、余韻の音の出方を考えると二種類必要かなと。もちろん、それほど両極端で作っていないんで、どちらもそれなりに楽しめるとは思いますけどね。
田中 編集長が家で試したのはどっちだっけ?
ヨシノ ソリッドですね。ソリッドとはいえ、けっこうな広がり感がありましたね。
キヨト それは最近のカートリッジがベースになってるからだね。最近のカートリッジって、上がきれいに伸びているから、レンジが広すぎて……。レコードだったらそんなにレンジ要らないと思うんだよね。
田中 そうですよ。「疑似デジタル化」してるよね。面白いことに、デジタルはデジタルでアナログっぽい音を出そうとしている。そんなんじゃなしに、レコードはレコードらしく王道で行けばいい。デジタルをたくさん使っている人が多いからって、その人たちにレコードを聴いてもらうためにレンジを広くしないといけないんじゃないかっていう打算的な考え方でチューンをしてると、逆に本当にレコードが好きな人からすると「?」ってなっちゃうんですよ。変に考えずに、そのままやればいいのにね。(笑)
キヨト エンジニアはどうしても下から上まで綺麗にフラットに出そうとするんだけど、自分に言わせればそれがもう間違っている。カマボコでいい。フラットに出す必要なんかない。みんな平均化しちゃうからつまらない音になる。アナログのおいしいところをおいしく出すようなチューニングですよね。「いい音にする」というより、「よりレコードらしい、アナログらしい音にする」というチューニングの仕方です。
田中 切り捨てるところは切り捨てて、盛ってほしいところは盛ってほしいよね。
キヨト そもそもMMカートリッジの歴史は高域をいかに綺麗に伸ばすかっていうところにあって、上にピークが出ちゃうんでピークを取ってフラットにして、MMでもこれだけ綺麗な高域が出るんだよいう流れで作ってきたもんだから、それが脈々と受け継がれているんだよね。だからエンジニアに「高域はこんなにいらないから中域を狭くしてくれ」って言うと分からなくなっちゃう。(笑)
田中 ところで、針の形状は丸針ですよね。
キヨト そうなんです。このカートリッジの良さは、丸針! 今のプレーヤーはアームの高さが変えられないのがほとんど。カートリッジを変えたときに水平バランスが狂って楕円針を使っている人は気になっちゃう。丸針なので角度が変わっても接点が基本的に変わらない。だからセッティングが楽なんですよね。使いやすいカートリッジといえると思います。
田中 丸針っていま主流ではないですよね。
キヨト でも、古いレコード聴くなら丸針でしょ?
田中 僕はずっと丸針ですけどね。(笑)
キヨト ほらっ!(笑)ここにいるメンバーはみんな丸針なんだよね。
田中 まあ、楕円とかいろんな形のものがありますけど、それってワイドレンジ化と高解像度を追求した結果じゃないですか。でも、僕らはそれを追求しませんし、丸針じゃないと困るんですよね。
ヨシノ そう! (自分が所有している)盤が汚ないんで、オフロードを走れるのは丸針なんですよね。悪路を乗りこなせる。(笑)
キヨト あと、ポイントとなるのが針圧。2.5~3.5g。だから3g以上かけられる。60年代の盤は3g以上かけてあげるというのは大事。やっぱり自分はトルクのあるプレーヤーで重さをがっちりかけてあげるというのがレコードの聴き方だと思っているので、レコードをレコードらしい音で聴こうとしたときに、こういったカートリッジが活きてきますよね。
実際の試聴した部分は「後編」で!
→ ヴィンテージジョインにてモニター貸出しを行なった際の皆様からの声は こちら。
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